【江島神社・辺津宮の境内社】秋葉社と稲荷社の歴史(由来)

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秋葉社と稲荷社【辺津宮・境内末社】

  • 創建年:不明
  • 再建年:2001年(平成14年)
  • 御祭神:とようけひめのみこと)、火之迦具土神(ほのかぐつちのかみ)
  • 建築様式:入母屋造
  • 屋根の造り:銅葺
  • 社格:江島神社・末社

御由緒(歴史)

八坂神社の隣にある社です。

神社名を見れば分かるように秋葉社と稲荷社が合祀されて、相殿形式で奉斎されてい‥‥‥申す。グハっ

主に江戸時代より秋葉稲荷・与三郎稲荷・漁護稲荷など、江の島内に鎮座していた祠が合祀されていますが、この秋葉社・稲荷社はその代表例でゴンす。

江戸時代、江ノ島内や周辺で火事が多かったことから、火難除けの意味合いで江ノ島内の祠を移動して合祀したと伝えられています。

江島神社の秋葉社とは?

秋葉社はご存知の方も多いと思いますが、火除けの神として有名ですが、秋葉社は秋葉山の山岳信仰と、修験道が習合して発生した信仰です。

それゆえ、往時は「秋葉権現」という神と仏が入り混じった存在で祭祀されていたのです。

秋葉信仰は1685年(貞享2年)に執り行われた秋葉祭り以来、火除けの神として全国津々浦々へ伝播し、やがて「秋葉講」と呼ばれる信徒の集団が形成されるまでに至りまする。

秋葉講では、総本山とされた「遠州秋葉山」へ「秋葉詣」と称して詣でる風習が生まれまする。

この江島神社の秋葉社も例外なく、往時は秋葉権現として奉斎されていたのでしょう。

それが神仏習合の煽りを受け、現在地にこうしてヒッソリそりそり髭剃りのごとく、ヒッソリと佇んでいるのでしょう。オホ

江島神社の稲荷社とは?

稲荷社に関しては全国で32000社を超える事実から、理解が進むように弘法大師空海が真言宗の守護神として荼枳尼天を据え、この荼枳尼天が神道の宇迦之御魂神の神と習合した背景から、およそ平安時代から江戸時代を通して稲荷信仰が隆昌する。

稲荷信仰では全国津々浦々、「稲荷講」なる信徒の団体が形成されるまでに至った。なお、稲荷講は全国各地に現存する。


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秋葉社と稲荷社の見どころや特徴

秋葉稲荷社の扁額

素木状の木板に「秋葉社」「稲荷社」と彫り込まれ、周囲を赤色の塗装が施されている。

⬆️八坂神社同様に扉が閉じられているため御神体は拝めない

石造灯籠一対

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