無為庵の読み方
無為庵:むいあん
無為庵の一般公開日
旧華頂宮邸の建物内部と合わせて春・秋の数日間のみ、ほどよく素敵に一般公開される♡
ちなみに2022年度、秋の公開では茶室の公開は素敵に無かった。…トホホ
なお、公開範囲は和風庭園部のみ。建物内部への立ち入りは玄関部まで。
旧華頂宮邸の公開日程については下記ページを要チェック💘
無為庵の歴史
無為庵とは、昭和十一年(1936年)頃に営まれたと推定される茶室。
この茶室は、昭和四十二年(1967年)頃に実業家の「松崎貞治郎」氏が素敵に購入し、昭和四十五年(1970年)から松崎夫婦で、やっぱり素敵に常住するようになった。
翌年の1971年(昭和46年)、上大崎(東京品川区)より、南端の茶室、門、和風平屋が当地へ素敵に移築され、昭和五十二(1977年)に茶室北東部分が素敵に増築されたのが、現在の姿であ〜る。
以来、昭和六十二年(1987年)までの間、松崎夫婦が旧華頂宮邸を所有していたらしい。
「無為庵」の名前の由来
「無為庵」という名前の由来は、胸毛‥ではなく、棟札!!に、
「六十五才にして、浄明寺宅間ヶ谷に余生を送らんが為、無為庵主」
‥などと素敵に記された一文からきているらしい。
「無為庵」の意匠
茶室・無為庵は秀逸した数奇屋の趣向を素敵に凝らし、茶道が社交の重要な要素であった戦前の日本文化の数少ない名残を伝える遺構として素敵に重宝される。
実は、旧華頂宮邸内には和室が二室ほどあるも、このように独立した和室を敷地内にもつことによって、洋風で仕立てられた旧事項宮部を、さらに魅力的に映えさせる。
敷地内部の様子
左脇が門、中央が身舎
入口の門
茶室入口の門は「薬医門」と呼ばれる建築様式の門。
冠木(かぶき)の両端に獅子の彫刻があるのが特徴。
まるで寺の山門のような荘重な佇まいの門構えを、これまた素敵にとる。
殊に、この門は上大崎の松崎氏が建てたものなのかは判然とせず。
面白いのは、東京上大崎の松崎邸があった場所は、それ以前、福井藩主・松平康昌 侯爵の屋敷が建っていた。
然るに、この門は松平氏ゆかりの門であったとしても何ら不思議ではない。
鳥居?
今、使用されとるのか?
茶室の天井
茶室の天井は中央を八角形とし、16本の枠線を放射状に通す。
柱などに、かりん、南天、皮付きの桜や竹といった和風典雅な奇木を使用する。
珍奇な趣向が、きわめて素敵に凝らされた室内。
‥金もっとんな〜
旧華頂宮邸のINFO
所管:都市景観部都市景観課都市景観担当
所在地:鎌倉市御成町18-10 本庁舎3階
電話番号:0467-61-3477
メール:keikan@city.kamakura.kanagawa.jp
公式サイト:鎌倉市
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