江島神社「中津宮」の御朱印・境内見どころ(庭園・水琴窟・歌舞伎縁起物など)
江島神社で最も有名なのは、いわばメイン観光地になっている辺津宮ですが、江島大明神(別名、宗像三女神)をお祀りしている江島神社には、ほかに中津宮と奥津宮が存在しています。
今回は、江の島島内の少し奥側にある中津宮について、その歴史と詳細をご紹介します。
中津宮
読み方
なかつみや
別名
上之宮(かみのみや)
造営年
853年(文徳天皇仁壽3年)
再建年
1689年(元禄2年)
改修年
1996年(平成8年)・・・全面改修
2011年(平成23年)・・・拝殿床張り替え、御札授与所の再建、庭園が開園
屋根の造り
権現造
ご祭神
市寸島比賣命(いちきしまひめのみこと)
庭園の開園時間/入園料金
9時00分~16時00分
入園料:無料
中津宮の御朱印
中津宮の御朱印は、以下の2種類の御朱印を授与されています。なお、中津宮で御朱印の授与は行っていません。辺津宮の授与所で授与されています。
中津宮の御朱印
- 初穂料(値段):300円
- 授与場所:辺津宮前の授与所
江島神社三宮総称御印
江島神社の辺津宮・中津宮・奥津宮の3社の御朱印です。
- 初穂料(値段):300円
- 授与場所:辺津宮前の授与所
江島神社の御朱印は、以前は「江島神社」と「弁財天」のみでしたが、2019年に合計10種類(通常)に増えています。
その際、中津宮の御朱印も、新たに加わっています。
なお、江島神社のすべての御朱印は、辺津宮の社務所で授与されています。中津宮では授与されていませんので、ご注意ください。
※江島神社の御朱印について詳しくは、当サイトの「【限定御朱印もあった!?】江島神社の御朱印の「種類・初穂料(値段)・授与場所・授与時間など」」でご紹介しています。
中津宮の境内見どころ
再建当時の朱色を再現
中津宮の拝殿は、目の覚めるような朱色が大変特徴的です。
この朱色は1996年(平成8年)の大改修によって色づけられたものですが、1689年(元禄2年)の再建当時の色をそのまま再現しています。
江戸時代にタイムスリップしたかのような感覚を味わえるでしょう。
歌舞伎一座によって奉納された石燈籠
弁財天(江島大明神)は、芸能の神であったことから、江島神社は江戸歌舞伎役者からのあつい信仰を受けていたと言われています。
中津宮参道に立つ一対の石燈籠は、江戸歌舞伎の市村座、中村座が共同で奉納したものと伝えられていますので、参拝時にはぜひ注目してみましょう。
音羽屋七代目、尾上菊五郎手植えの「しだれ梅」
なお、1985年(昭和60年)には、燈籠奉献二百年を記念して音羽屋七代目、尾上菊五郎によって、シダレウメが植樹されています。
菊五郎のしだれサクラ
1782年(天明2年)、江戸歌舞伎を代表する江戸三座の一角「中村座」の寄進による石灯ろうはここに200年の歴史を経て参りました。
菊五郎のしだれザクラは献燈200年を記念して江ノ島弁財天に参拝された尾上菊五郎丈の手植えにより、献樹されたものでありんす。
昭和60年9月23日
音羽屋五代目「尾上菊之助」・音羽屋七代目「尾上菊五郎」の手形
本人の本物の手形になります。手を合わせてみて、どのくらいの大きさだったのかを測り知ることができます。
人の手形に手を合わせるのって何だか、ちょっと火照っちゃぅ♡ …ポっ♥
水琴窟のある庭園
2011年(平成23年)に開園した中津宮横の庭園には、美しい音を奏でる水琴窟が構えられています。
中津宮の庭園および水琴窟は中津宮拝殿前の授与所の脇に扉があり、そこから進入することができます。
⬆️写真は営業時間外に訪問したので扉が閉ざされている。この扉の奥に庭園がある。
水琴窟とは、水盤の水を柄杓すくって、それを足元にある石が敷き詰められている所へ流すと‥あらまなんとも摩訶不思議!
耳を澄ませると水が垂れる音が鐘の音のように聞こえるじゃあーりませんか!
これは敷き詰められている石および水盤の下が地下洞窟になっており、もしくは巨大な甕(かめ)が伏せられた恰好で設置されており、その甕の上部にわずかな穴が空いているために音が響く構造になっています。
この音を聴くだけで運気アップ、金運アップの効果があると伝えられています。
いわば金運のパワースポットですので、中津宮を訪れた際には、忘れずに庭園を回ってみましょう。
中津宮の歴史
市寸島比賣命(いちきしまひめのみこと)を祀る中津宮は、853年(文徳天皇仁壽3年)に、上之宮として創建されました。
創建者である慈覚大師とは、第3代天台座主もつとめた円仁のこと。
天台宗確立の功労者である円仁(生794年ー没864年)ですが、鎌倉にも縁深く、さらには浅草寺の開山にも貢献するなど、関東一帯に目覚ましい仏教的な足跡を残しています。
当時は神仏習合によって、神と仏との境目は非常に曖昧で、江の島に伝わる竜神・天女伝説の信仰もまた、仏教的な弁財天信仰と同一視されていました。
そして、弁財天信仰もまた、開運と財運を守護する宗像三女神信仰と習合していたのです。
そこで、慈覚大師円仁は、当時の有名な修験場であった江の島岩屋と、その御旅所である本宮(現在の奥津宮)の御利益をさらに明らかなものとすべく、上之宮を創建したと考えられます。
中津宮は、奥津宮に比べて、江の島の入口に近い方角に存在しており、江の島の奥まで進まなくとも神を参拝できる場所として設営されたとも予想されます。
現在では、最も江の島の入口に近い辺津宮が、一番人気とも言える参拝所となっているわけですが、辺津宮の創建までは、中津宮が最も参拝しやすい社殿であったはずです。
853年の中津宮創建から、1206年の辺津宮創建まで、実に353年の時間が経過しています。
353年もの間、中津宮は江の島の弁財天信仰を担う重要な拠点であったことは間違いないでしょう。
なお、江ノ島において弁財天信仰が存在した証拠の1つとして、1182年(寿永元年/平安時代)の4月に真言宗の僧侶「文覚(もんがく)」によって江ノ島大弁財天が勧請(かんじょう/=もたらすされ)され、開眼供養(かいがんくよう/=仏の魂を仏像に降臨もしくは憑依させる)を行ったという伝承が残されています。
この事実から少なくとも、1182年以前からこの江ノ島に弁財天信仰に類似した何かしらの信仰が存在した可能性が示唆され、一説では江ノ島全体が山伏などの修験道の修行場として、島全体をくまなく巡拝する行道修行(ぎょうどうしゅぎょう)が行われていたとも考えられています。
江の島散歩におすすめのコース
辺津宮から中津宮、中津宮から奥津宮までは、それぞれが徒歩10分ほど。
もちろん、中津宮までは江の島エスカーもあります。
歩いて行ってもちょっとしたいい運動になり、おすすめのコースですので、ぜひ気持ちの良い散歩に訪れてみてくださいね。
※超強力に恋愛運アップ! パワースポット辺津宮と見どころ満載の奥津宮については、当サイトの「江島神社「辺津宮・茅の輪・むすびの樹」」「江島神社「奥津宮」」をご参照ください!
※金運と恋愛運をアップする!? 辺津宮の注目スポット、奉安殿と銭洗白龍王につきましては、当サイトの「江島神社「奉安殿・銭洗白龍王」」をご参照ください!
江島神社の問い合わせ先
住所:藤沢市江の島2-3-8
TEL:0466-22-4020
江島神社へのアクセスは、当サイトの以下の記事をご覧下さい。