鎌倉・鶴岡八幡宮「若宮(下宮)」【重要文化財】「柳原神池」 

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鎌倉・鶴岡八幡宮「若宮(下宮)」【重要文化財】「柳原神池」

こちらのページでは、鶴岡八幡宮の摂社「若宮」の歴史や見どころと、柳原神池についてご案内します!

鎌倉・鶴岡八幡宮「若宮(下宮)」【重要文化財】

読み方

わかみや(げぐう)

造営年

1181年(治承5年)

再建年

1624年(寛永元年)

建築様式(造り)

  • 本殿:五間社流造
  • 幣殿:一重、両下造
  • 拝殿:一重、入母屋造、向拝一間
屋根の造り

銅板葺

ご祭神

  • 仁徳天皇(にんとくてんのう)
  • 履仲天皇(りちゅうてんのう)
  • 仲媛命(なかのひめのみこと)
  • 磐之媛命(いわのひめのみこと)
例祭日

4月3日

重要文化財指定日

1996年(平成八年)7月9日

鎌倉・鶴岡八幡宮「若宮(下宮)」の歴史・由来

若宮は、上宮と呼ばれる本宮に対して「下宮」とも呼ばれますが、実は、鶴岡八幡宮創建当初はメインの社殿でした。

鶴岡若宮の創建

1180年(治承四年)に鎌倉入りした源頼朝は、五代前の先祖である源頼義が建立した由比若宮を、現在の鶴岡八幡宮の若宮がある辺りに遷座しました。

しかしこの時の若宮は茅葺屋根と、木の皮を剥がない状態の黒木の柱で建てられた簡単なものだったので、翌年の1181年(養和元年)には、武蔵国浅草から大工を呼びよせ、本格的な社殿の建立を始めます。

こうして鶴岡八幡宮は創建され、当初は鶴岡若宮と称していました。

1186年(文治二年)には、鎌倉に連れてこられた源義経の愛妾、静が、源頼朝・北条政子夫妻の求めに応えて、現在の舞殿がある場所で舞を披露したという有名な話が残っています。

その場所は当時、若宮の廻廊でした。

1191年(建久二年)3月、町屋で起こった火災で社殿を消失してしまいますが、頼朝がすぐに再建に乗り出し、若宮を建て直すだけでなく、山を削って本宮も建立しました。

そしてなんと11月にはこの大事業を完成させ、京都の石清水八幡宮のご神霊を改めて迎えました。

こうして現在見られるような、上下両宮の形が整ったのです。

火災と再建、現在の若宮

上下宮を始めとする鶴岡八幡宮の建物は、創始者である源頼朝亡き後も度重なる火災の被害を受けますが、その度に修理されていました。

また源氏の氏神だった鶴岡八幡宮の修造や拡張には後の武将たちも熱心で、1592年(文禄元年)には江戸幕府を開く前の徳川家康が、豊臣秀吉の指示で若宮の修理造営を行っています。

家康はその後も鶴岡八幡宮全体の建て替えを計画し、その遺志は息子の第二代将軍徳川秀忠に受け継がれました。

秀忠は寛永の大造営と呼ばれる大事業を行い、1624年(寛永元年)には、上下宮のご祭神を正式な社殿にお戻しする正遷宮(しょうせんぐう)が行われました。

この時建てられた社殿が現在の若宮で、本宮と共に重要文化財に指定されています。

さてこの寛永の大造営の前、もともとの若宮は1315年(正和四年)の火災の翌年に再建された状態で残っていました。

新しい若宮を造立するにあたって、先代の若宮は、鎌倉市内にある荏柄天神社(えがらてんじんしゃ)に移築され、現在でも本殿として、ご祭神、菅原道真を祀っています。

この荏柄天神社本殿は、鎌倉に現存する唯一の鎌倉時代の建築で、重要文化財に指定されています。


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鎌倉・鶴岡八幡宮「若宮(下宮)」の建築様式(造り)・特徴

若宮は、本宮と同じく「権現造」となっています。

権現造とは、東照大権現、つまり徳川家康を祀る日光東照宮に採用されたものと同じ様式で、拝殿と本殿を、幣殿と呼ばれる小さな建物で一繋ぎにしているのが最大の特徴です。

私たち参拝者からも見える範囲で特徴的なのは、一番手前の拝殿の向拝(こうはい・ごはい)という庇(ひさし)です。

現在は建物の前に素木の大きな向拝が建っているので正面からは見づらいですが、斜めから見れば確認できます。

本宮に比べるとやや地味なように見えますが、側面に注目すると、松の壁画や、色彩豊かな妻飾りが確認できます。

残念ながら社殿の中に入ることはできず、前述の素木の向拝の下から参拝という形になりますが、拝殿の扉は普段開いているので、中の様子を見ることはできますよ。

実朝ゆかりの木「ビャクシン」

若宮の社殿脇には、ビャクシンという大きな木が植えられています。

これは、鎌倉幕府第三代将軍、源実朝が、はるばる宋から苗を取り寄せて植えたとも言われる木で、鎌倉市の天然記念物に指定されています。

桜や銀杏、紅葉だけでなく、ぜひこちらのビャクシンの古木にも注目してみてくださいね。

鎌倉・鶴岡八幡宮「若宮(下宮)」ご祭神

若宮に祀られている仁徳天皇は、本宮のご祭神である応神天皇の皇子です。

したがって、若宮は古来、本宮と同様に尊ばれてきました。

若宮は鶴岡八幡宮の「摂社」ですが、この摂社というのは、本社に次ぐお社という意味で、鶴岡八幡宮の中では若宮だけとなっています。

履仲天皇(りちゅうてんのう)は仁徳天皇の皇子、仲媛命(なかのひめのみこと)は応神天皇の皇后で仁徳天皇の母、磐之媛命(いわのひめのみこと)は仁徳天皇の皇后です。

鎌倉・鶴岡八幡宮「若宮(下宮)」の場所

若宮は、舞殿の向かって右側、石段の手前にあります。

若宮の前の小路をそのまま右手に進むと、柳原神池を通り、白旗神社にたどり着きます。

紅葉と蛍の名所!鎌倉・鶴岡八幡宮「柳原神池」

読み方

やないはらしんち

柳原神池は、若宮から白旗神社に至る道沿いにあります。

柳の名所だったことからこの名前が付けられたと言われています。

現在は紅葉の名所となっており、秋が深まるにつれてモミジやイチョウが美しく色づきます。

風が穏やかな日は紅葉した木々が水面に映る、素敵な光景が見られます。

柳原神池は、6月上旬の「蛍放生祭」と、9月の「鈴虫放生祭」の祭場にもなっています。

蛍放生祭は、当日その儀式を見ることはできないものの、翌日から1週間程度、夕暮れから21時頃まで、放生祭で放たれた蛍を公開しています。

混雑必至ではありますが、まとまった数の蛍が見られる貴重な機会ですので、興味のある方はぜひお出かけください。

鈴虫放生祭は、舞殿で行われる儀式を見学することはできるものの、柳原神池周辺に鈴虫を放す場面に同行することはできません。

鈴虫放生祭の後に鶴岡八幡宮を訪れたら、ぜひ柳原神池で耳をすましてみてくださいね。

どちらも歴史ある鶴岡八幡宮の神事を通して、命の尊さ、四季の自然の豊かさを感じることができる、貴重な機会となっています。

おわりに・・

若宮は、鶴岡八幡宮において本宮と同様に重要な場所です。

ぜひ忘れずにお参りしてくださいね。

鶴岡八幡宮の拝観情報や回り方の詳細は、当サイトの以下のページ↓でご紹介しています。

鎌倉・鶴岡八幡宮の拝観時間(営業時間/開門・閉門時間)・拝観料金(割引情報)・境内地図・回り方

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