「由比ヶ浜」の地名の由来や歴史と場所はドコ❓|神奈川県 鎌倉市

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由比ヶ浜の場所(地図)

鎌倉の海岸全体を指すとされる。

狭義で示すと滑川河口部より稲瀬川までを由比ヶ浜と呼ぶ。

由比ヶ浜の名前の由来

昨今の由比ヶ浜といえば‥‥Summer、海水浴、海の家、まぶしいビキニ‥‥と連想されるが、実は江ノ島と同様、古くから漁業が盛んな地域だった。

漁業をする時は他者と協力して行ったので相互扶助の関係が構築され、やがて労働組合が結成されたが、漁撈に就いた者はその労働組合のことを「結(ゆい)」と呼んだ。

その結による漁業の組織が根付いた地域ということで、いつしか「”ゆい”がはま」と呼ばれるようになったと伝わる。

なお、静岡県静岡市清水にも「由比ヶ浜」や「由比」があるが、どうやら駿河湾でも漁業が盛んで「結」と呼んでいたとか。

由比ヶ浜の別名

由比浜、湯井浜、由比浦(由比ヶ浦/ゆいがうら)、由井浦、湯井浦、前浜


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由比ヶ浜の歴史

1180年(治承四年)8月24日

三浦党と畠山重忠の子・六郎 重保との合戦が当時、由井浦と呼ばれた由比ヶ浜で起こった。

なお、源平盛衰記では合戦は小坪(逗子市)であったと記す。(当時は三浦郡小坪村)

1184年(元暦元年)8月8日

頼朝卿は稲瀬川に桟敷(さじき/一段高い見物席)を設け、平家追討使として鎌倉より出陣する弟・源範頼とその一軍を見送ったと伝わる。

1186年(文治二年)閏7月29日

弟・義経との確執により、義経追討令を発した頼朝卿だったが、偶然にも義経の愛妾・静御前の捕縛に成功する。

静御前は鶴岡社の舞台(現在の舞殿)にて頼朝卿とその妻・政子隣席のもと、舞を披露したが、頼朝卿に義経の子を身ごもっていることを知られる。

頼朝卿は赤子が男子であれば殺すと告げたが、不運にも赤子は男子だったので足立新三郎清経が由井浦(由比ヶ浜)へ投げ込んで溺死させたと伝わる。

1213年(建保元年)5月3日

和田合戦で敗死した和田側の将兵の首は「由比浦ノ(みぎわ/岸辺)」に建てらた粗末な仮屋に収められた後、片瀬川(固瀬川)にて首実検されたとある。

源実朝が造船した大船が進水したのも由比ヶ浜❗️

源静香‥‥ではなく、源実朝!!は生前、..ふぅ 蘭渓道隆(らんけいどうりゅう)や明庵栄西(みょうあん えいさい)、退耕行勇(たいこうぎょうゆう)などの高僧たちより中国文化を学び、さらに陳和卿(ちんなけい)が中国宋から来朝したことにより、張り詰めたピアノ線が切れたかの如く、ついに自身が中国へ渡ることを決意するのだった。 ….そろそろ静香ネタも限界か…

その決意を形にしたものが大船の造船計画であり、実際、実朝は陳和卿に命じて大船を建造させ、この由比ヶ浜で進水を行ってい‥‥‥申す。ヤっ

この大船は1216年(建保四年)に完成を迎えると、実朝はさっそく数百人の配下の諸将たちに号令をかけ、昼過ぎに完成した大船を由比ヶ浦(海)まで曳かせた。

実朝は胸をトキメかせながら💕浜まで出向いてその様子を見守ったが、如何せん船体が大きすぎたのと海が遠浅だったこともあり、船体は水面に浮かぶことはなく、ガッカリした実朝は肩を落としながら浜から退去した。

こぅして実朝の渡宋計画は頓挫し、実朝の大船はその全貌を由比ヶ浦のみならず、歴史上にも見せることはなかった。

なお、大船は実朝が想起に到ったものだが、厳密には実朝が陳和卿の巧みな話術に絆されて発願に到ったとも云われる。

怪奇⁉️無数の鴨の死骸が浜中に打ち上げられたことがあった

1222年(貞応元年)のこと、無数の鴨(カモ)の死骸が腰越海岸から由比ヶ浜沿岸に到るまでの浜に打ち上げられ、凶兆を恐れた幕府は至急、陰陽師を集めて「七座百怪祭」と称する祈祷儀式を由比ヶ浜で行わせたと伝わる。

原因不明⁉️無数の魚も打ち上がった❓

前述、無数の鴨が打ち上がった2年後の元仁元年(1224年)には、無数の死んだ魚が浜中の水面に浮かんで汀(みぎわ)に打ち寄せられるなど、はたまた怪奇現象が起こった。

人々は立て続けに行った浜の異変に凶兆をよぎらせたが、その想いとは相反して打ち上がった魚を拾い集めたり、その魚を買う者が出没した。

理由は死んだ魚から油を搾取するためであり、油を取るために無数の魚を浜辺で焼き上げたので、鎌倉市中は異臭に包まれたと伝わる。


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由比ヶ浜の見どころや開催されるイベント行事

流鏑馬・小笠懸

由比ヶ浜では、流鏑馬(やぶさめ)や小笠懸(こがさがけ)が開催されることがある。

流鏑馬と小笠懸の違いはほとんどないが、流鏑馬の方が観客相手に披露するという名目のもとに実施される。

いずれも騎乗の上、疾走させながら馬上から鏑矢(かぶらや)を放って的を射る。

八幡宮にも流鏑馬の馬場があるが、由比ヶ浜は八幡宮と距離的にも近く、足場が砂場という好条件が揃うので武芸鍛錬にはうってつけ。イェイ!

禊(みそぎ)の場でもあった

鎌倉時代、歴代将軍が八幡宮神拝の折、由比ヶ浜で禊(みそぎ/海水に身体を浸して洗い清める)をしてから八幡宮へ向かったとすることから、神聖視されていたことになる。

海水浴場

往時の坂の下海岸から由比ヶ浜の区間は鎌倉を代表する白砂・青松の名所だったと伝わるが、現在は一草一木すら無いイメージがつきまとぅほど無ぅぃ。

現在の由比ヶ浜は鎌倉を代表する海水浴場でもあり、毎年夏になると鼻息荒げに”欲情”を湧き出させるかの如くに、海水”浴場”に向かう観光客あふれかえる。

まさに食い込みビキニは危険けんけんコノヤロー‥‥‥な!季節の到来らいらぃらぅぃ‥イェイ‼️ な場所となる。 …ノリの意図不明  意味も不明

現在は海水浴のほか、サーフィンを楽しむサーファーも相当数散見される。

浜降の儀

毎年、鶴岡社で斎行される例祭の宵宮祭(9月14日の明け方)になると、滑川河口の西浜にて宮司以下、神職数人が鎌倉時代さながらに装束姿で神事を執行する。

全員、海に入って身体を清めて禊(みそぎ)を行う。

春の由比ヶ浜の見どころ

釣り

坂の下の防波堤の岩壁は釣りヤローにとっては絶好調GOGOな釣り場となる。…意味不明

由比ヶ浜以東、材木座の海岸線には夜釣りに興じる人も散見される。

趣味に興じる

ギターやトランペットなどの演奏、合唱するグループ、最近はTIKTOKやYoutubeなどの動画撮影をしている人も散見される。

スポーツ

由比ヶ浜は広く、はたまた地域の人々がよくゴミ拾いをしてくれているので綺麗なのが特徴。

その景観を利用してビーチバレーやバトミンドン、野球などに興じる人々も散見される。

海藻採り

晩冬から春先になると海藻が流れ着くので、知っている地元民は浜辺に出て拾い集める。

由比ヶ浜のワカメは柔らかく、なめらかな食感があり、風味豊かなことから古くから鎌倉の名産品としても知られる。

昭和38年頃から海苔(のり)の養殖も開始されて、新たな古都・鎌倉の名産品に名前を連ねた。

漁業が盛況

由比ヶ浜はじめ、材木座、腰越は古くから鎌倉における三漁場と呼ばれる。

これらの地域は沿岸地帯が広がり、早朝に出航し夕方に帰航もしくは夜に出航して朝帰り💕するかのパターンで漁撈に就く人々が散見される。

往時は浄智寺(じょうちじ)の裏山(天柱峰)に金峰松の巨木がそびえていて、これを目印に帰航できたが昭和50年頃に枯れて今は無い。

漁撈に就く人々の姿は元禄の頃から変わらないと云われ、古き良き時代の鎌倉の風情を今に伝える景勝ともなったが、ここ最近は出航する漁船が減りつつある。

春の由比ヶ浜で獲れる魚

石鯛、ボラ、カワハギ、メバル、カサゴ、タカノハダイ、ニザダイ、メジナ、イワシなど

晩春に獲れる魚

シラス(イワシ類の稚魚の総称)、アジ

鎌倉ワカメは4月か5月まで獲れるが、特に2月中旬〜3月中旬頃に早獲りして砂干ししたものが風味、香りが強く堕落するほど実にマイウ〜な味。


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夏の由比ヶ浜の見どころ

昭和初期には浜辺上方のドライブウェイ沿いの砂丘に松林が連なり、6月〜8月頃になると松林の足元に広がる百合やナデシコが咲き乱れる様子が見られたが、今は断崖の岩肌にわずかに見られるのみ。

昭和初期頃はまだまだ別荘が多く、上流階級の人々の保健的遊戯とされていたことから、現在ほど人がおらず素朴で開放的な気分をも満喫できた。

ところが観光地として有名になると海の銀座などと呼ばれるほど観光客や海水浴客でゴッタ返すのが、風物詩となった。

夏に獲れる魚

カツオ(カツオは回遊魚で5月頃に鎌倉沖、相模灘に来る。)現在は漁撈に就くカツオ船の姿は皆無。

アジ、カマス、サバ、シラス、マコガレイ、イシガレイ、シタビラメ、バイ、マイワシ、イカナゴ、カサゴ、タカノハダイ、ニザダイ、メジナ、小アジ、伊勢海老(6月、7月は禁漁)、シコ(カタクチイワシ)….etc

秋の由比ヶ浜の見どころ

秋になると兵どもが夢の跡」‥‥‥という言葉が見事に当てハマるほど台風の来襲により、海の家や屋台の残骸が目立つようになり、海水浴客が残した空き瓶、空き缶、サンダルや浮き輪、日焼けオイル、ビニール袋などが浜辺に散乱する。

ただ、秋になると気温がグッと下がって落ち着き、趣味に興じる人々の姿で夏ほどではなくとも、再び、賑わう様子も散見される。

秋に獲れる魚

石鯛、ボラ、カワハギ、メバル、カサゴ、タカノハダイ、ニザダイ、メジナ、小アジ、カマス、シコ、イナダ

シコはよく獲れてカツオの餌にされていたが、現在は加工業者のもとに運ばれて煮干しとして売られてい‥‥‥申す。ニヴォっ

冬の由比ヶ浜の見どころ

鎌倉へ来訪する観光客がもっとも減少する季節となるのが冬。

由比ヶ浜もスッカリかりかりカリカリ梅酸っぱ‥‥てなほどスッカリと人影が無くなり、スッキリきりきりキリンレモンの開封直後のノドごしほどにスッキリと景観が見渡せるほどスッキリとしてい申す。アヒャっ

ただ、社寺は正月に初詣で賑わう。由比ヶ浜では五所神社から宮司が参向して漁場を祓い清める汐神楽(しおかぐら/汐まつり)を執り行う。

だがしクぁし!

12月と2月は薄毛になりつつあるオッさんのド頭の如く、殺伐とした風情が漂う。

冬に獲れる魚

石鯛、ボラ、カワハギ、メバル、カサゴ、タカノハダイ、ニザダイ、メジナ、アワビ、サザエ、ほか1月は海苔の収穫が繁忙期を迎える。

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