今回は、江の島島内の見どころのうち、島の最南端部にあたる「江ノ島岩屋・龍宮・龍恋の鐘(恋人の丘)・稚児ヶ淵」エリアの中の「龍宮(わだつみのみや)」について詳しくご紹介します。
江ノ島最南端の観光ルート
実際にこれらの観光地を回る徒歩ルートとしては、以下のように回ることになります。
龍宮(奥津宮)→龍恋の鐘(恋人の丘)→稚児ヶ淵→江の島岩屋
龍宮(わだつみのみや)
- 読み方:わだつみのみや
- ご祭神:龍神(龍宮大神)
江島神社中津宮から、10分ほど歩くと、奥津宮に到着しますが、奥津宮の隣に建っているのが「龍宮(わだつみのみや)」です。
地図上で見ると、奥津宮および龍宮は、江の島岩屋からは離れているように見えますが、これは江の島岩屋の入口と比較するからそう見えてしまうのです。
実際には龍宮の場所が、さきほどご紹介した江の島岩屋の第一岩屋の奥、「江島神社発祥の地」とされる石社「岩屋本宮」の真上にあたると言われています。
龍宮の由来や歴史
龍宮自体は、1993年(平成5年)に、有志が建立したものです。
龍宮の例祭は毎年9月9日です。
以下、龍宮の立て看板を引用したものになります。
江ノ島は湧出以来、龍の棲む所と云われ、古来、龍神は弁財天信仰と習合し、密接な結びつきがあったとされ、江ノ島縁起を始め、多くの伝説が残っています。
太平記には時の執権・北条時政が江ノ島に参籠して子孫の繁栄を祈願した時に、龍(大蛇)が現れ、3つの鱗を落とし、時政祈願成就と喜び、その三鱗を授かり、家紋と為す。
「足利治乱記」には海に夜海光ありて白龍長さ廿丈許(にじゅうじょうばかり/約60m)もあるが、海中より出でて、絵馬石穴に飛び入ると、諸人多見之と、謡曲「江ノ島」には天女が龍神と姿を現じて、七難即滅七福即生悪事災難を払いて諸願成就を誓う声も新たに聞こえたとされる。
伝記は多く残されており、この神秘なる趣意を鑑み、平成6年9月吉日に当社、発祥地たる岩屋洞窟の真上に御鎮座とあいなった。
【補足】龍神詠歌
江ノ島には古来、以下のような龍神伝説にちなみ「龍神詠歌」なるものが伝えられています。
天地の開けし御代は平成の天の戸明けゆく東天紅蒼海漫(あさみかげうみ)と立ち渡り舞う老の波、今ぞ時なる重陽に 龍神の吟ずる(ぎんずる)声ありて波浪(なみ)を蹴りたてて、逆巻く潮の迫るとともに 龍神海上翔け昇り、五色の彩雲普々に、その雲上に顕ずなり、願事叶ふ如意宝珠三光を発し、島上の龍宮に天降り給いぬ。衆生済度の方便、生死の相助けんと‥‥御神徳幽くにありて、噫(あい)かたじえなきかな
龍宮の御朱印の種類について
この龍宮には奥津宮の境内鎮座「龍宮」としての御朱印が頒布されています。
奥津宮境内社「龍宮」の御朱印
- 初穂料(値段):300円
- 授与場所:辺津宮前の授与所
※江島神社の御朱印について詳しくは、当サイトの「【限定御朱印もあった!?】江島神社の御朱印の「種類・初穂料(値段)・授与場所・授与時間など」」でご紹介しています。
竜宮の洞窟内部の様子
龍宮の内部はコンクリートで固められた石積みに状態の洞穴になっており、正面奥に社殿が設置されており、この社殿の中に御神体が安置されています。御神体は鏡です。
正面向かい見て左端の金の昇り竜の彫刻が目を引きます。その下に昇り竜を見上げる銀龍の姿も見えます。これは地竜を意味するのだろうか‥。
奥津宮「龍宮」の場所(地図)
奥津宮「龍宮」は、奥津宮を向かい見て左脇にあります。
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