江島神社「中津宮・奥津宮」

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江島神社「中津宮・奥津宮」

江島神社で最も有名なのは、いわばメイン観光地になっている辺津宮ですが、江島大明神(別名、宗像三女神)をお祀りしている江島神社には、ほかに中津宮と奥津宮が存在しています。

今回は、江の島島内の少し奥側にあたる中津宮と奥津宮について、その歴史と詳細をご紹介します。

中津宮

読み方

なかつみや

別名

上之宮(かみのみや)

造営年

853年(文徳天皇仁壽3年)

再建年

1689年(元禄2年)

改修年

1996年(平成8年)・・・全面改修
2011年(平成23年)・・・拝殿床張り替え、御札授与所の再建、庭園が開園

屋根の造り

権現造

ご祭神

市寸島比賣命(いちきしまひめのみこと)

庭園の開園時間/入園料金

9時00分~16時00分
入園料:無料

 

奥津宮

読み方

おくつみや

別名

本宮(ほんぐう)/御旅所(おたびしょ)
※岩屋本宮(江の島岩屋)とは別の場所です

造営年

推定814年(弘仁5年)・・・1841年(天保12年)焼失

再建年

1842年(天保13年)

改修年

1979年(昭和54年)・・・屋根修復
2011年(平成23年)・・・本殿改修

屋根の造り

入母屋造

ご祭神

多紀理比賣命(たぎりひめのみこと)

※奥津宮本殿


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中津宮の歴史と見どころ

中津宮の歴史

市寸島比賣命(いちきしまひめのみこと)を祀る中津宮は、853年(文徳天皇仁壽3年)に、上之宮として創建されました。

創建者である慈覚大師とは、第3代天台座主もつとめた円仁のこと。

天台宗確立の功労者である円仁(生794年ー没864年)ですが、鎌倉にも縁深く、さらには浅草寺の開山にも貢献するなど、関東一帯に目覚ましい仏教的な足跡を残しています。

当時は神仏習合によって、神と仏との境目は非常に曖昧で、江の島に伝わる竜神・天女伝説の信仰もまた、仏教的な弁財天信仰と同一視されていました。

そして、弁財天信仰もまた、開運と財運を守護する宗像三女神信仰と習合していたのです。

そこで、慈覚大師円仁は、当時の有名な修験場であった江の島岩屋と、その御旅所である本宮(現在の奥津宮)の御利益をさらに明らかなものとすべく、上之宮を創建したと考えられます。

中津宮は、奥津宮に比べて、江の島の入口に近い方角に存在しており、江の島の奥まで進まなくとも神を参拝できる場所として設営されたとも予想されます。

現在では、最も江の島の入口に近い辺津宮が、一番人気とも言える参拝所となっているわけですが、辺津宮の創建までは、中津宮が最も参拝しやすい社殿であったはずです。

853年の中津宮創建から、1206年の辺津宮創建まで、実に353年の時間が経過しています。

353年もの間、中津宮は江の島の弁財天信仰を担う重要な拠点であったことは間違いないでしょう。

なお、江ノ島において弁財天信仰が存在した証拠の1つとして、1182年(寿永元年/平安時代)の4月に真言宗の僧侶「文覚(もんがく)」によって江ノ島大弁財天が勧請(かんじょう/=もたらすされ)され、開眼供養(かいがんくよう/=仏の魂を仏像に降臨もしくは憑依させる)を行ったという伝承が残されています。

この事実から少なくとも、1182年以前からこの江ノ島に弁財天信仰に類似した何かしらの信仰が存在した可能性が示唆され、一説では江ノ島全体が山伏などの修験道の修行場として、島全体をくまなく巡拝する行道修行(ぎょうどうしゅぎょう)が行われていたとも考えられています。

中津宮の見どころ

再建当時の朱色を再現

中津宮の拝殿は、目の覚めるような朱色が大変特徴的です。

この朱色は1996年(平成8年)の大改修によって色づけられたものですが、1689年(元禄2年)の再建当時の色をそのまま再現しています。

江戸時代にタイムスリップしたかのような感覚を味わえるでしょう。

歌舞伎一座によって奉納された石燈籠

弁財天(江島大明神)は、芸能の神であったことから、江島神社は江戸歌舞伎役者からのあつい信仰を受けていたと言われています。

中津宮参道に立つ一対の石燈籠は、江戸歌舞伎の市村座、中村座が共同で奉納したものと伝えられていますので、参拝時にはぜひ注目してみましょう。

なお、1985年(昭和60年)には、燈籠奉献二百年を記念して音羽屋七代目、尾上菊五郎によって、シダレウメが植樹されています。

水琴窟のある庭園

2011年(平成23年)に開園した中津宮横の庭園には、美しい音を奏でる水琴窟が構えられています。

水琴窟とは、耳を澄ませると水が垂れる音が鐘の音のように聞こえる地下洞窟で、この音を聴くだけで運気アップ、金運アップの効果があると伝えられています。

いわば金運のパワースポットですので、中津宮を訪れた際には、忘れずに庭園を回ってみましょう。

 

奥津宮の歴史と見どころ

奥津宮の歴史

江島神社奥津宮の本殿は、2011年(平成23年)に改修されたばかりの、比較的新しい社殿です。

奥津宮は今でこそ、年間を通して参拝客が訪れる場所ですが、そもそもの起こりは、江の島伝説に基づいて江の島岩屋にお祀りされた竜神を移動させる「御旅所」でした。

江の島岩屋は、奥津宮から徒歩10分の場所、海沿い(海岸)にある岩屋です。

この岩屋には814年(弘仁5年)に、空海が岩屋本宮を創建し、江の島の竜神をお祀りしましたが、潮の関係で岩屋本宮には、4月~10月のあいだ海水が入り込みます。

そこで、4月~10月の間は、岩屋本宮のご本尊を一時的に遷座(海水から避難)させていました。

その、避難所つまり御旅所が、現在の奥津宮であったと伝えられています。

現在は、奥津宮に多紀理比賣命(たぎりひめのみこと)、奥津宮のそばに建つ龍宮(わだつみのみや)に龍宮大神(竜神)お祀りされ、ご本尊の遷座は行われていません。

奥津宮の見どころ

源頼朝寄進の鳥居

1182年(養和2年)4月5日に、源頼朝は江島神社を訪問し、奥州藤原氏討伐の悲願を果たすべく、弁財天に調伏祈願を行ったと伝えられています。

このとき、源頼朝が八臂弁財天とともに奉納したのが、現在の奥津宮に建つ石鳥居です。

※八臂弁財天については当サイトの記事「江島神社「奉安殿・銭洗白龍王」」をご参照ください

苔むした石鳥居の姿には、鎌倉時代当時の貫禄と、江島神社に流れてきた長い時間が感じられます。

八方睨みの亀(レプリカ)【藤沢市有形文化財】

奥津宮の拝殿の天井に、描かれた絵です。

江戸時代に、絵師の酒井抱一が描いて江島神社に奉納されたものですが、天井に見ることができるのはレプリカです。

実物は、1994年(平成6年)に片岡華陽によって復元され、藤沢市有形文化財に指定されていますが、現在は社務所に所蔵されています(非公開)。

「八方睨みの亀」の名称の由来は、天井からこちらを見下ろしている亀が、どの方向から見ても、こちらを睨んでいるように見えるからです。

 

江の島散歩におすすめのコース

辺津宮から中津宮、中津宮から奥津宮までは、それぞれが徒歩10分ほど。

もちろん、中津宮までは江の島エスカーもあります。

歩いて行ってもちょっとしたいい運動になり、おすすめのコースですので、ぜひ気持ちの良い散歩に訪れてみてくださいね。

※超強力に恋愛運アップ! パワースポット辺津宮については、当サイトの「江島神社「辺津宮・茅の輪・むすびの樹」」をご参照ください!

※金運と恋愛運をアップする!? 辺津宮の注目スポット、奉安殿と銭洗白龍王につきましては、当サイトの「江島神社「奉安殿・銭洗白龍王」」をご参照ください!

江島神社の問い合わせ先

住所:藤沢市江の島2-3-8
TEL:0466-22-4020

江島神社へのアクセスは、当サイトの以下の記事をご覧下さい。

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