円覚寺「蔵六庵(ぞうろくあん)」

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円覚寺「蔵六庵(ぞうろくあん)」

写真は円覚寺公式より

  • 創建年:1283年(弘安六年)
  • 本尊:釈迦如来
  • 宗派:(臨済宗・旧 仏源派)

「蔵六」の意味

仏教には次のような教えがある。

『我欲を謹むをいう。祖底事苑に、雑阿合経に、亀あり、野干(きつね)に捕えられる。
亀は六を蔵(かく)して出さず。
野干怒って捨て去る。
仏(釈迦)諸の比丘に告げて曰く。
汝等当(まさ)に亀の六を蔵するが如くすべし。
自ら六根(眼耳鼻舌身意の欲)を蔵せば、魔も便を得ず云々』

亀の蔵六に倣ぃ、自らの蔵六となる六根(眼耳鼻舌身意の欲)を隠せば、災いが生じることもなぅぃ。‥‥などの意。

蔵六庵の歴史

1269年(文永六年)に8代目執権・北条時宗の招聘によって南宋より来朝した大休正念(だいきゅうしょうねん)は、後年、寿福寺(鎌倉)の住持となり、1283年(弘安六年)になると境内に自身の寿塔(生前建立の墓)として塔頭(たっちゅう)の蔵六庵を開創する。

1335年(建武二年)、大休正念が示寂(しじゃく/僧侶の死)すると門弟が円覚寺境内に移建し、これが現在見られる蔵六庵となる。

以上、つまり蔵六庵とは大休正念の墳墓となる。


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蔵六庵に伝蔵される「大休正念法語」

大休正念自筆の「大休正念法語(一巻)」は「弘安元年(1278年)」の年記があるなど、現在、国の重要文化財を指定を受ける。

他に室町期の造立とされる開祖木像(大休正念禅師像)も安置される。

大休正念とは?

大休正念は中国南宋は温州(おんしゅう)永嘉県(ようかけん)(浙江省/せっこうしょう)の出身と伝わる。

中国では浙江省杭州市西湖区にある霊隠寺(れいいんじ)の東谷妙光(とうこくみょうこう)に師事し、後に径山(きんざん)の石渓心月(しっけいしんげつ/仏海禅師)に参禅(門弟となって禅を修学すること)する。

1252年頃、無象静照(むぞうじょうしょう)という円爾(えんに)門弟の臨済僧が渡宋し、石渓心月に参禅したことで知己となるも無象静照は先に帰朝の途につく。

無事の帰朝後、無象静照は一旦、聖福寺(博多)に入り、その後、大慶寺(鎌倉)に入寺する。

大慶寺に入寺した無象静照は、当時の鎌倉幕府執権・北条時宗に大休正念を推挙し、1269年(文永六年)に正念が来朝を果たすと、正念は北条時宗より帰依を受けた。

正念はその後、蘭渓道隆(らんけいどうりゅう)からも厚遇を受けると、禅興寺(鎌倉市/現在は廃寺)、寿福寺、建長寺、円覚寺に歴住し、後年、鎌倉五山・第4位となる浄智寺を創建する。

また、その過程で大休派(仏源派/ぶつげん)を創始するなど、鎌倉における禅林の発展に寄与した。

1289年(正応二年)11月、75歳で示寂。諡(おくりな)は「仏源禅師」。

蔵六庵は一般非公開!

蔵六庵は原則、一般非公開の塔頭になる。(檀家になると見れるかもネ💋)

蔵六庵の場所

宗務本所の南側の竹林の中にヒッソリそりそりヒゲ深剃っちまったぜぃ‥‥てなほどヒッソリと佇む。…どんな度合いや

境内図は円覚寺公式より

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