鎌倉・鶴岡八幡宮「旗上弁財天社」「政子石」

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鎌倉・鶴岡八幡宮「旗上弁財天社」「政子石」

鎌倉・鶴岡八幡宮「旗上弁財天社」

読み方

  • はたあげべんざいてんしゃ
造営年

  • 1182年(寿永元年)
再建年

  • 1956年(昭和三十一年)、1980年(昭和五十五年)
ご祭神

  • 多紀理毘売命(たぎりびめのみこと)
  • 市寸嶋比売命(いちきしまひめのみこと)
  • 多岐都比売命(たぎつひめのみこと)
ご神徳

  • 家内安全、商売繁盛、必勝祈願など
祭日

  • 例大祭:4月初巳の日 
  • 祈願祭:毎月巳の日

鎌倉・鶴岡八幡宮「旗上弁財天社」の歴史・由来

旗上弁財天社の始まり・由来

旗上弁財天社(はたあげべんざいてんしゃ)は、1182年、北条政子が、源氏の勝利と平家の滅亡を祈って源平池を掘らせた際に、建立したと言われています。

源頼朝の出陣に際しては、弁財天が守護神として現れた、あるいは源頼朝が挙兵する際にここで必勝祈願したという言い伝えもあり、

特に必勝祈願に対しては霊験あらたかだということで、長年にわたり信仰されてきました。

社名は、1221年(承久三年)の承久の乱の際に、後鳥羽上皇の軍に対抗するため、北条政子が御家人をこの地に集めて旗上げ(出陣)したことに由来するとも言われています。

祭日は、弁財天の縁日である巳の日です。

いつが巳の日にあたるかは毎年変わるので、気になる方は事前に確認して行ってみてくださいね。

廃仏毀釈と旗上弁財天社の再興

鶴岡八幡宮は、江戸時代までは神仏混淆の神宮寺で、「鶴岡八幡宮寺」と言いました。

同じ敷地の中に、神を祀るお社も、仏を祀るお堂もあったのです。

しかし、神仏分離令が発令された1868年(明治元年)以降、廃仏毀釈の波の中で、鶴岡八幡宮寺にあった寺の伽藍は破壊され、仏像や仏具は焼かれてしまいました。

この時、弁財天が仏教の守護神であることから、旗上弁財天社も取り壊されています。

その後、旗上弁財天社が再興されたのはおよそ90年後の1956年(昭和三十一年)でした。

現在のお社は、1980年(昭和五十五年)に、鶴岡八幡宮創建800年記念で再建されたもので、江戸時代の文政年間(1818年~1831年)の古図に倣って復元されています。

鎌倉・鶴岡八幡宮「旗上弁財天社」の白旗は何!?

白旗は、源氏のシンボルでした。

旗上弁財天社の周りに立っている白旗には2本の黒い線が入っていますが、これは「二引(二つ引)」という、源氏の紋です。

これらの旗は、源氏の旗上げにちなんで、この旗上弁財天社で必勝祈願などをした人が奉納したものです。

旗上弁財天社では、御朱印やお守りの授与、祈祷も行っています。

鎌倉・鶴岡八幡宮「旗上弁財天社」のご祭神

旗上弁財天社のご祭神は、多紀理毘売命(たぎりびめのみこと)、市寸嶋比売命(いちきしまひめのみこと)、多岐都比売命(たぎつひめのみこと)の三神です。

この三神は宗像三女神(むなかたさんじょしん)と呼ばれる女神です。

宗像大神(むなかたのおおかみ)、道主貴(みちぬしのむち)などという呼び名もあり、「道」の神、一般的には航海の神として信仰され、交通安全などにご利益があるとされています。

特に市寸嶋比売命(または市杵島姫命)は、弁財天と同一視されてきた神です。

旗上弁財天社ではご祭神である宗像三女神のご利益に加え、弁財天が司る学問や芸術、財福に関するご利益や、源氏の旗上げにちなんだ、必勝や商売繁盛のご利益もあるとされています。


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鎌倉・鶴岡八幡宮「旗上弁財天社」の弁財天座像(重要文化財)

大きさ(高さ)

  • 98.0cm
制作年

  • 鎌倉時代
奉納年

  • 1266年(文永三年)

鶴岡八幡宮には、旗上弁財天社に祀られていたと考えられる弁財天座像があります。

この弁財天座像は、源頼朝が挙兵する際に必勝祈願をしたものだとも言われていますが、

実際は、頼朝が死んでから70年近くが経った1266年(文永三年)に、舞楽師中原光氏が、鶴岡八幡宮の舞楽院に奉納したものであるようです。

舞楽とは、雅楽の一種です。

弁財天は、「弁才天」とも書き、学問や、音楽などの芸術の神としても信仰されてきたのです。

鎌倉時代には、裸の像に服を着せて拝むという信仰が一般的になっており、この弁財天座像も、裸体に布の着物を着ているので、「裸弁財天」とも呼ばれています。

明治時代の神仏分離令による混乱で行方不明になっていましたが、関東大震災後の修理の際に、倉庫で発見されました。

現在は鶴岡八幡宮敷地内の鎌倉国宝館で見ることができます。

国の重要文化財に指定されています。

鎌倉・鶴岡八幡宮「旗上弁財天社」の御朱印

旗上弁財天社は、「鎌倉・江の島七福神巡り」の霊場の1つとなっており、鶴岡八幡宮とは別に、御朱印をいただくことができます。

鶴岡八幡宮と旗上弁財天社の御朱印についての詳細は、当サイトの以下のページ↓でご紹介しています。

鶴岡八幡宮 御朱印一覧!「種類・値段・授与時間(営業時間)・授与場所・混雑状況」

鎌倉・鶴岡八幡宮「旗上弁財天社」の場所

三ノ鳥居をくぐると、太鼓橋と、その両脇に源平池があります。

向かって右側(東側)の源氏池の橋を渡った先の小さな島に、旗上弁財天社があります。

小さな神社ですが、参道には奉納された白旗がたくさん立てられているので、迷わずに行けますよ。

鎌倉・鶴岡八幡宮「政子石」

旗上弁財天社のある島の淵に沿ってぐるっと回ると、大きな石が祀られているのに出会います。

「政子石」、あるいは「姫石」と呼ばれる石で、源頼朝が、妻北条政子の安産を祈願するために設けた石だということで、子宝や安産の他、縁結びや夫婦円満のご利益があるとされています。

古くは鶴岡八幡宮の方にあったものを、現在の場所に移動させたのだと言われています。

柵で囲まれているので、許可なく触らないようにしてくださいね。

おわりに・・

いかがでしたか?

源平池は、桜や蓮の名所になっていますが、旗上弁財天社の社殿前には、見事な白藤の藤棚もあります。

4月中旬から下旬にかけて見ごろになるので、機会があればぜひ訪れてみてくださいね。

 

鶴岡八幡宮の拝観情報や回り方の詳細は、当サイトの以下のページ↓でご紹介しています。

鎌倉・鶴岡八幡宮の拝観時間(営業時間/開門・閉門時間)・拝観料金(割引情報)・境内地図・回り方

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