弁財天像と弁財天童子像

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弁財天像と弁財天童子像

建立年:2002年(平成14年)

奉納者:江島神社(宮司 相原圀彦)

建てられた経緯(由緒)

江島神社鎮座一四五〇年を記念して建てられた石碑?仏像でゴンす。

江島神社に伝わる「江嶋縁起」によれば、江の島は欽明天皇13年(552年)に起こった大揺れの後、忽然と海中より現出したとあります。

「江島縁起」とは平安時代中期に成立したとされる江の島に伝わる物語でゴンす。

弁財天像と弁財天童子像は何を表現している像なのか?

この像は前述の「江島縁起」の一場面である、弁財天が現出したシーンを石像で表現したものでガンす。

弁財天童子像

金の巻物を手持っている像容

鍵・宝箱・宝珠・剣を携えた4人の童子

弁財天像

持物として右手に剣と、左手にタマネギ‥‥‥ではなく、宝珠!を持っている。

これから男らしく剣で玉ねぎの切り方を披露しようとしているシーンである!‥‥‥んなワケなぃやろがぃ。ガオーっ!

‥こホンっ!

 弁財天像と弁財天童子像の碑文

本像を向かい見て左脇側面には碑文が刻字されている。以下はその内容であ〜る!

 平安時代中期に撰述せられた「江島縁起」は、天地開闢のことより説き起し、東海道相模国江ノ島が 天下の霊地たるを記述せられている
 縁起に曰く、「欽明天皇13年卯月12日、戌刻より23日辰刻に至るまで、江野南海湖水湊口に雲霞暗く 蔽いて、天地震動すること十日に余れり
諸々の天衆龍神水火雷電山神鬼類夜叉羅刹、雲上より 磐石をくだし海底より塊砂をふき出す
その後、竭雲収まり軽霞まきしりぞいて、海上に忽ちに 一つの嶋を成せり。即ち江野にまぞらえへて、これを江野嶋という。
 天女雲上に顕れ、 白龍、十五童子を従へ、この嶋上に降居したまへり」とあり、弁財天が江ノ島に祀られることと なりしを伺い知ることが出来る。
折りしも当神社御鎮座1450年を迎へ、記念事業としてこの縁起に基づき、弁財天顕現の一場面を、篤志者の御浄財を以て石像にて奉製いたし、弁財天の無量無辺不可思議の功徳を後の世永く称え奉るべく、祈念建立いたすものなり。

平成十四年壬牛歳十二月吉日 江島神社宮司 相原圀彦

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